この辺りは丘陵地となっており、木幡の地には藤原氏の陵墓が点在しています。
明治10年(1877)、宮内省によって調査され、藤原氏出身の皇室関係者17陵3墓を「木幡陵」に治定し、のち陵域を広げて「宇治陵」と改められました。
 しかし平安時代の陵墓として治定されている「宇治陵」は、すべてが平安時代のものではなく古墳時代のものもあります。
見分け方というのはないですが大体大きなものは古墳時代、小さなものは平安時代と見て良い。
宇治陵のどこかに藤原道長や彰子の墓も在るはずですが小さなものといって良いものか? ただロマンを感じませんか。
取り敢えず山手の方を歩けば墳墓に出会います。
中には墳墓の敷地内に平気で住宅が建っています。これも仕方ありませんね。何千万円だして建てた家が墓の上だといっても住み替えられるほど国民は豊ではないですから。
宇治陵
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