ロマンを壊す事実                              前ページ       トップ  

本日(13年10月6日)の朝日新聞に石器発掘における藤村新一氏の捏造記事が
載っていました。
考古学の世界については専門的知識が少ないのですが、ロマン派の仙道として
はひとこと言わねばと思い掲載いたします。
何故かというと歴史ロマンとは単なる空想でなく、史実に基づいて不明なる部分
に夢を描くからであって、事実から乖離しては意味をなさないと思っているからです。
また、描いていた夢が、新発見や学術的な裏付けにより事実として肯定されてくる
ことに無上の喜びを感じたり、逆に否定されることについても、「そうだったのか」と
反省すると共にさらに新たなロマンを掻き立てられるものなのです。
 捏造のニュースがスクープされたのは12年11月5日の毎日新聞で、今から思
えば、「大変だ。先史の見方が変わるぞ。」というのと「やっぱり、こういうこともあ
るのか。」という感じで捉えました。
次々に捏造の事実が現れてくるにつれて、石器時代全般を見直さなければなら
ないことは多くの人が思ったに違いありません。


本日の朝日新聞の記事から捏造の事実をまとめると

所在地                    遺      跡       名
北海道 総進不動坂 下美蔓西 天狗鼻 美葉牛    
岩手県 瓢箪穴 沢崎        
宮城県 座散乱木 高山館2 安養寺2 蟹沢2 馬場壇A 高森
上高森 中島山 沢口 大谷地 青葉山E 長原上
薬莱山39 薬莱山40        
山形県 袖原3 袖原6 浦山 上ミ野A 山屋A 金沢山新堤2
福島県 原セ笠張 一斗内松葉山        
群馬県 下川田入沢 中山峠 ほか1カ所      
埼玉県 長尾根 小鹿坂 長尾根北 長尾根南 並木下 十三佛
檜木入 ほか2カ所        

記事の内容は『東北旧石器文化研究所の藤村新一・元副理事長が旧石器発掘を
ねつ造した問題で、調査を行っている日本考古学協会に対し、元副理事長がねつ
造を認めた遺跡は、北海道から関東まで、少なくとも40カ所にのぼることがわかっ
た。同協会が各地の自治体に送った報告で明らかになった。新たに分かったのは
28カ所で、この中には石器採集などの形でかかわっていた場所も含まれており、
ねつ造は常習的で、広範囲にわたっていたことになる。歴史的に重要とされる発見
を含め、日本列島の前期旧石器はほぼ全滅となった。』というこです。

 事の始まり
神の手と言われる手(次々に石器を発掘現場で発見する)を持つ藤村氏に疑念を
抱いていた毎日新聞が12年11月5日の朝刊において、宮城県築館町の上高森
遺跡(かみたかもりいせき)で石器を埋込む氏の様子を写真付きで報道し、併せて
9月には北海道新十津川町の総進不動坂遺跡(そうしんふどうさかいせき)で発掘
された石器29点もすべて氏が埋めていたことも記事にした。
■上高森遺跡とは東北旧石器文化研究所が1992年8月に発見した遺跡で翌年、
同研究所と東北福祉大考古学研究会などの調査団が発掘調査を始め、前期旧石
器時代にあたる40万〜60万年前の石器約200点が出土。今年10月の第6次調
査では国内最古の60万年前の原人が作ったとみられる構築物跡が3つ発見された
と調査団が発表しており、日本最古の石器が発見された場所として、高校の日本史
教科書にも記述されている。
■総進不動坂遺跡とは北海道新十津川町の石狩川沿いで札幌国際大と東北福祉
大、東北旧石器文化研究所の合同調査チームが1998年7月に発見した。中期旧
石器時代の尖頭器(せんとうき)など石器4点、今年9月には前期旧石器時代の石器
30点が発見され、調査団は「上高森遺跡などで発見された石器と形状などが類似
している」と発表していた。

 
事の背景

私なりに思うことですが、考古学の検証方法に問題があると思うのです。
つまり、発見された物がなんであれ、それが発見された地層がどの年代かというこ
とでが重要で物より優先してしまう。
分からないでもないし、現実に今までこういう方法で年代を特定してきていますし、
私もこれでいいと思っていました。
しかし、この方法は発見者が全て倫理観のある善人ばかりであれば問題がないの
ですが、今回の例でも分かるように倫理観を失った人の前には全く無力な方法とい
えるわけです。
あまり金にはならない考古学(実情は知りませんので間違っていればごめんなさい)
で、人生を実りある物にしたいと思うとき、名誉ある新発見しかも世間の人を「ワーッ」
と驚かせてみたいと思う人が出てきても不思議ではないです。
はじめは、小さな発見(?)を創り上げていく内にエスカレートしていく。権威みたいな
ものも付いてくる。そして今回のような捏造劇に発展してしまったと思うのです。
お陰で、私なんぞ人類は縄文よりどこまで遡れるだろう北京原人より古い原人が日
本にいたかも知れないなんて思いこまされました。

 
それでは彼の関わった遺跡の検証

ジャーナリスト・立花隆氏の毎日新聞の記事を引用します。
 人類とサルを分ける一番の違いはなにか。いろいろありますが、やはり脳の違いが
大きいです。人類の進化史は脳の進化史なんです。人類史は脳の容積がどんどん
大きくなる歴史で、それに従って人類の生活様式、文化様式が変化してくる歴史なの
です。
 脳の違いが、彼らの使う道具とか、生活様式すべてに反映してくるんですね。脳の
変化がどういう生活の変化をもたらしたかということが、掘り出されるモノに表れてくる。
石器にもその脳の発達具合が刻印されてくるのです。
 ■検証は可能か
 前副理事長は発掘ねつ造を認めたあとで「魔が差した」と言っていました。確かに、
一番最初はそうだったんでしょう。でも、実際に埋めている現場を見ると、実に手なれ
た感じで、用意周到、魔が差して突然やったことでは絶対にない。そこで今、一番問
題になるのは最初のねつ造はいつどこだったか、どこまでさかのぼるかということで
すよね。
 もし、それが、最初の発掘である座散乱木(ざざらぎ)遺跡(宮城県・国史跡)から
だったら、大変なことになる。前期旧石器の歴史が全部ひっくり返る。だから、世間
の関心が高いのはわかります。
 しかし、そういう研究は後ろ向きです。決着はつけなくてはならないにしても、研究
者としてはみんなやりたくないでしょう。お金ではなくてエネルギー、研究時間という
意味でコストがかかりすぎる。またどの程度の結果を、出せばよいのか。
「これは怪しい」とかいう程度のことは言えても、「確かにねつ造だ」と、きちんと結論
が出るものでもない。
前副理事長が最初に認めた二つの遺跡の他にもありそうだということになって検証
が始まり、実際にその傍証は出ています。しかし「やったようだ」とか「否定できない」
というところまではいけても「まちがいなくねつ造だ」というところにはいけない。
 要するに、こういう問題は、後から検証しても、証明は程度の問題になって、確定的
なことは言えっこないです。研究者としても、そういう研究をやって業績になるわけで
もないし、やる気にならないと思います。
■怪しいものは捨てる
 問題は、日本の先史時代に関して、いま何が言えるのかです。上高森遺跡で石器
がローマ字のTとUの字を組み合わせたような形で並んでいるのが見つかって、原人
の精神性がどうだというような学説が出ました。
 今となっては、あのあたりがねつ造石器の上に築かれたバブル的な学説のピーク
でした。
結局、発掘をねつ造した本人が言わない限り、どこからねつ造をやったかはわからな
いと思う。時間とエネルギーの両方から言って、検証で決着をつけるのは無理だろう
と思います。
本人は病気もあって何も言わないだろうから真偽不明で終わらざるをえない。
 だから、今後は怪しいものは全部を捨ててゼロにして、新しく確実に掘り出されるも
のの上に日本の旧石器研究を築き直すしかないと思います。これからエネルギーを
費やすにしても、そちらの方向に費やす方が社会全体としてはプラスでしょう。マイナ
スの方向にいくらエネルギーを費やしても、むなしいだけですよ。怪しいもの、座散乱
木遺跡以降に前副理事長がかかわったものは全部捨ててしまうしかないですね。
                      以上立花隆氏の毎日新聞の記事を引用
今も検証方法について色々な説が出されていますが、非常に難しい問題でこれなら
大丈夫という物はないと思います。

 
ところがである

捏造はこれだけであろうか、現に、この事件が明るみに出てから週刊文春の今年の
3月15日号に聖嶽(ひじりだき)洞穴(大分県本匠村)の第1次調査について疑義を
もつ記事が掲載された。
聖嶽洞穴は国内で唯一、旧石器時代の人骨と石器が一緒に出土したとされている。
99年の第2次調査で人骨と石器の年代に関する疑問点が指摘されたため、別府大
(第1次調査を行った)は今年1月、「聖嶽問題検討委員会」をつくり、考古学者グルー
プに出土石器の検討を依頼していた。
その結果は、第1次調査で出土した黒曜石製の石器12点について、形態的特徴から
推定できる年代と石材の産地などを検討した。その結果
(1) 4点は後期旧石器時代、石材は長崎県松浦市の牟田産である。
(2) 7点が縄文時代の後期か晩期、石材は佐賀県伊万里市の腰岳産である。
(3) 1点は(1)か(2)のどちらかである。
さらに(1)の4点は二つの時期に分類できた。後頭骨はこれらと同じ層から出土した
とされるが、石器の年代が旧石器から縄文にまたがるため、後頭骨の年代判定の資
料にできなくなった。
というものであった。
また、第1次調査で出土した石器は14点だったが、2点が所在不明となっており、
別府大が1次調査出土として保管した石器が増え27点になっていて、そのうち少な
くとも2点は他の遺跡で出土したものだったことも発表している。
1次調査に当たった別府大の賀川光夫名誉教授(故人)の名誉のためにも言って
おきますが、第1次調査の報告書にも石器の形態に統一性がないことは発掘当初
から疑問であり、この点は指摘されている。
問題は誰が持ち込んだかであり、縄文時代人なのかもっとずうっと後の人間なのか
これは不明である。

この他にも表立ってはいないが第2、第3の藤村が居るのではないかという疑問は
拭いきれないことです。

 
上高森遺跡問題等についての委員会見解

その結果日本考古学協会は委員会を設置し次の見解を発表しました。

日本考古学協会委員会
 日本考古学協会は、1948年に結成されたわが国の考古学研究者の全国組織で、
自主・民主・平等・互恵・公開の原則にたって考古学の発展をはかることを目的とし
て活動してきました。
 考古学は、遺跡の発掘調査によって確認された事実関係を基礎とする科学です。
このたび明らかとなった藤村新一会員による上高森遺跡、総進不動坂遺跡の調査
における考古学的事実の捏造は、考古学の基礎を自ら破壊するもので、研究者と
しての倫理が厳しく問われる行為です。日本考古学協会は、このような行為をなす
者を出し、しかも研究者相互の批判によってこれを防ぐことができず、わが国の考
古学の信頼を大きく傷つけたことに対し、深くお詫び致します。大地に残された過去
の人間活動の痕跡の調査を通じて、列島の歴史をより豊かに描き出す上で、考古
学が果たしてきた役割は高く国民に評価されてきましたが、その一方で、新発見こ
そが重要であるかのような誤解や誤った風潮を生み出していた恐れはなかったか
どうか、また新たな発見をめぐって、資料の公開と多様な意見の研究者による相互
批判が不十分ではなかったのか、本協会としても厳しく反省する必要があると受け
止めています。協会として研究者倫理の徹底についても検討に取り組みたいと考え
ます。
 日本考古学協会委員会は、本日、考古学研究及び学会の社会的信用を著しく損
なう結果を招き、本協会の名誉を傷つけた藤村新一会員の行為は到底容認できな
いものとして、会則に照らし、退会させることを決定しました。
 前期旧石器問題、いわゆる「原人遺跡」問題は、「新発見」の連続によって認知さ
れ、定説化されたように受け止められていますが、学会にはなお異論も多く、論争
の渦中にあるというべきです。しかし一方、本協会が、わが国及び東アジアの人類
史を考える上できわめて重大なこの問題に関して、必ずしも積極的に取り組んで学
術的な検討を進めてきたとは言い難いとの指摘は、謙虚に受け止め、反省しなけれ
ばなりません。これまで、本協会は、その時々の重要な課題について学会をあげて
集中的な調査を行い、例えば、弥生式土器文化総合研究特別委員会、洞穴遺跡調
査特別委員会による弥生文化や縄文草創期文化の積極的解明などを、実施してき
た歴史があります。本協会は、今回の事件によって疑念の生じた遺跡の検証を含
めて前・中期旧石器遺跡の自由闊達な学術的検討が集中的に行われることの必
要性を認め、特別委員会(前・中期旧石器問題調査検討特別委員会)を組織して
これに当たりたいと考えます。
 なお、「東北旧石器文化研究所」に対しては、今回の事件に関する真摯な総括と
真相を明らかにするための資料の公表を求めるとともに、未報告の過去の発掘調
査結果について、早急に学術報告書を刊行するよう求めます。

 
結論

第1番目として、日本の遺跡発掘の実体はビル建設、宅地開発に伴い、調査の必
要性が出てきて形式的に調査をしているのが殆どだと聞きます。真に学術的調査
はほんの僅かだとすればこれは問題です。
何故なら、工期に影響するような調査が長々と行われては施主や、工事業者がこ
れを見守るほど寛容ではないのは当たり前の話しです。
こういう調査方法では在り来たりの結論しか出てきません。

第2番目として、考古学会の中に健全な批判をする体質があるのか?『神の手』と
の噂が立っているにもかかわらず、
長年(何年間か知りません)これを放置して、地層の年代や周囲の遺跡との違いを
無視してきたのはまさに批判ということが行われてこなかったからだろうと思うので
す。これは考古学会だけに限ったことではないかも知れませんが、権威のある先生
の説には従わざるを得ないみたいなところはあるように思います。

第3番目には、予算取りの問題があります。外務省の不祥事も同じところから出て
きているのかも知れませんが、予算獲得のために嘘の報告書をでっち上げることぐ
らいは簡単に行われているのではないでしょうか。これが前述のように切磋琢磨し
て成果を上げる真の研究者を生まない背景になっているような気がします。

こうしてみると、今回の事件を引き起こしたのは藤村氏に問題はありますが、学会
全体の問題もあるように思います。
私は前期、中期の石器時代に日本に人が住んでいたのか、或いはいなかったのか
知りたいとのと確実な証拠を見せて貰いたいのです。









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