讃良郡条里(さらぐんじょうり)遺跡


第2京阪国道建設に伴い1996年からこのあたり一円に発掘調査が行われています。
今の地形を考えますとここ寝屋川東部は内陸部と思われますが、2000年も前は大阪湾が入り込んでおり海辺近くだったと考えられます。
そして、弥生時代当然ここには人が住んでいました。
遺跡の名前にある条里とは条里集落(日本古代の計画的につくられた集落。道は碁盤目状に区画され、家屋は塊状に集まって耕地の中に散在する。近畿地方を中心に西日本に多く分布)から名付けられたと思いましたが、実は古代の耕地の条里(土地区画制度。六町(約654メートル)四方の区画を里と呼び、里を東西に連ねたものを条と呼ぶ。里をさらに一町四方に区画したものを坪と呼ぶが単に四角く区画された場合も指す)から名付けられた聞きました。

今回は財団法人 大阪府文化財センター主催の説明会で参考資料も同センター作成のもを使用しました。

見学に先立ちご覧のように女性の方が説明されていました。
これまでの経験から女性の方の説明は初めてだったものでついつい写真を撮ってしまいました。
余談ですが、この方のほかにも女性が居られて橿原考古学研究所や奈良文化財研究所に比べ若い女性の方が多いように感じました。そのためか見学に参加されている方も若い方が多いように感じました。













左の写真は説明会で掲示されていた航空写真で今回の公開箇所全体が表示されています。
下部中央部に見えるのが建物2(後述)、上部に四角く見えているのが建物1(後述)です。
建物2の周りにはC字形の溝が掘られていることがよく分かります。

写真上部が南でC字形の開放部が玄関と考えると現在の家と同じ考え方で玄関の方位が決められたことが窺えますね。











建物2の写真です。
周りの土地の高さから10Cmほど低く掘ってあったのでしょうか。中に柱跡も見受けられます。
右下方向には水抜きなのかC字形の溝に繋がる排水溝(?)があります。建物上部を見て見たいものですね。













建物1です。
写真を見ていだいても分かるように回りが少し盛り上がっていて竪穴の窪みを作ったときの土が盛り上げられたのでしょうか?
南辺よりの場所から種類は不明ですが鉄器・青銅器片が出土したそうですが当日は公開されていませんでした。
大阪湾ルートで朝鮮半島から来たのでしょうか?当時としては貴重なものであるに違いありません。
この地は飛鳥時代前後には帰化人秦氏が住んでいたところで、この次に紹介する太秦遺跡に見られるように地名にその名残を知ることができます。











                   井戸跡

      木材がかたまって出土  なんなんだろう?

建物3、ここは竪穴住居跡ではなく掘建柱建物で竪穴住居より新しい。
分かりにくいかもしれませんが、これは溝跡に残る杭跡を白く囲ってあります。
現場で見ていると確かに土質が違い異質なものがあったことが分かります。












           土器類で鉢と甕です。


   器台 上に壷のようなものが乗っていたのでしょうか。

                  壷


左の写真の左下の破片です。 こんな文様がついていました。
左は建築部材に使われていた木材片です。
真ん中より少し左にホゾの切込みが入っています。両側は燃えてしまったのでしょうか焦げています。






まとめ
ここだけでなく隣の調査区でもC字型の溝を持つ竪穴建物が発掘されています。
これから2〜3世紀ごろこういう形の住居を持つ集落が点在していた。そして生活に必需品の井戸は1戸に一つぐらいあったのかもしれない。
簡単に井戸が掘れるとすれば数メートルの穴を掘れば水が沸いてきたのだろう。




太秦(うずまさ)遺跡


讃良郡条里遺跡から直線で北東方向1Kmのところにある遺跡です。2001年度には13基の古墳が見つかっていますが、今回新たに12基の古墳と弥生時代の竪穴住居跡が見つかりました。


当日配布の資料には方墳と円墳が見つかったとありましたが、私が見る限り周溝の形から見ると方墳しか見当たりませんでした。
この辺が専門家と素人の違いなんでしょうね。
太秦遺跡は竹薮の竹を取り除いて発掘されたのですが、既に平面状になっており、盛土部や棺は見られません。当然副葬品などもありません。
図と写真を載せられなくて申し訳ないですが17号墳周溝には埴輪の破片が多く出土し、それは円筒埴輪と朝顔形埴輪でした。
時期としては埴輪の形態から古墳時代中期と考えてよいようです。

もう一つの発掘物である竪穴式住居跡からは高坏、壷、甕が見つかっています。この特徴から弥生時代中期のものと考えられます。

申し訳ないです。デジカメの電池が切れてしまって写真が取れなかったためレポートはここまでといたします。





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