平城宮 東院地区の調査                               平成17年3月19日
                                  第381次調査
                                                                   独立行政法人 文化財研究所
                                                                   奈良文化財研究所
                                                                   平城宮跡発掘調査部の現地説明会

 このページは3月17日の読売新聞と奈良新聞、それに当日配布の奈良文化財研究所の現地説明会資料をもとに作成いたしました。

 先ず、平城宮の全体図を見ておきます。
この図で東院は読んで字の如く東に位置する地区の遺構であることは確かである。平城宮は四角形でない事はこのページに来られる方ならご存知かと思いますが、当然初めての方もいらっしゃると思いその辺も考慮して話を進めさせていただきます。


710年元明天皇の時、明日香からこの平城京に都が移されました。

その行政の中心地が平城宮なのですが、奈良時代に都が平城京にあり続けたのではありません。

東大寺を建てたことで有名な聖武天皇は奈良(平城京)から難波(大阪)、紫香楽(滋賀)、恭仁(京都)など転々と遷都したのです。

そのため恭仁宮の造営には左図の西宮の大極殿を解体して運んだりしています。

したがって、聖武天皇が再びこの平城宮に戻ってきた時に建てられたのは東区朝堂院やその北の内裏だったのです。


今回の調査の東院とはさらにその東にあった遺構なのです。









東院とは
 平城宮の東に張り出す部分を東院地区といいます。
奈良時代後半の文献資料には「東院」や「東宮」に関する記載がしばしば登場します。「東院」は皇太子あるいは天皇が住む場所であったとともに、さまざまな儀式や宴会などがとりおこなわれた場所です。
 庭園を中心にした南側部分は、現在復元されているように、発掘調査によって苑池、区画施設、建物などの存在が分かっています。
しかし、北側部分についてはよく分かっていません。
「続日本紀」に記載されているような「東院玉殿」などの中枢建物は庭園の北側に存在すると考えられています。

                                ここが復元されている東院庭園の写真です。


今回の発掘で何が話題になったかと言うと、柱跡から推測される建物が、高床式の楼閣宮殿か、校倉(あぜくら)造りの倉庫かということなのです。

3月17日の奈良新聞には
『過去の調査で、楼閣宮殿と推定されていた大型建物跡につながる宮殿の一部とみられる一方、立地条件や類例から倉庫の可能性も浮上。まだはっきりしない東院地区の実相解明に、新しい資料が加えられることになった。
 東院地区は、平城宮の東側に張り出した地域。「続日本紀」などの文献には、皇太子や天皇の暮らしの場で、儀式や宴会が行われたと記述されている。
 調査区域は、平成11年度第292次の発掘調査で総柱建物二棟などが出土した地域の北側部分。
見つかった建物跡は南北、東西とも18m正方形で、3m間隔で掘立柱を据えた総柱の構造を持つ。
同じ場所で、過去三期の建て替えの痕跡も確認された。』
というふうに報道されていました。
また、読売新聞には
『同地区は、皇太子が住む「東宮」や天皇の離宮があったとされ、儀式や宴会が盛んに催された場所。建物跡は規模や構造から、高床式の楼閣宮殿か、校倉(あぜくら)造りの倉庫とみられる。
 現場は、1998年
(1999年の誤りか?)に大規模な高床式の建物跡2棟が出土した地点の北隣。今年1月から約1050uを調査し、正方形の碁盤目に柱を並べた「総柱」の大型建物跡を確認した。
柱穴の大きさ(直径約1m)などから、地上から床面までの高さは3〜4mで、瓦片が少ないため、檜皮(ひわだ)ぶきだったとみられる。奈良時代に少なくとも4回建て替わり、最終的に18m四方の建物になっていた。
 建物の規模などから、唐・長安城で外国使節らをもてなした宴会施設「麟徳殿(りんとくでん)」のような楼閣宮殿とみられる一方、多くの柱で床を支える「総柱」の構造などから、奈良・正倉院に似た校倉造りの倉庫とも推定される。
東院地区は、平城宮の東に張り出した部分で、過去に南東隅で大規模な池を持つ庭園遺構が見つかっている。「続日本紀」などによると、瑠璃(るり)の瓦がふかれていたという称徳天皇の「東院玉殿」や、光仁天皇の離宮「楊梅宮(やまもものみや)」なども同地区にあったとされる。』

このように話題が楼閣宮殿か、校倉造りの倉庫かで盛り上がっています。


楼閣宮殿のイメージ図

              校倉のイメージ図
楼閣宮殿か?
 1999年度(第292次)の発掘調査では総柱の掘立柱建物群は前殿、主殿、後殿からなる一連の楼閣宮殿と推定されていました。
柱の大きさなどから高床の建物であり、前殿と主殿をつなぐ渡り廊下や階段を伴っています。
 こういった構造の宮殿は、平城宮では内裏地区や奈良時代後半に第一次大極殿の跡につくられた西宮などで見つかっています。
これらの建物は、中国の唐大明宮麟徳殿を模したと考えられています。
 今回の調査で見つかった建物も一連の「楼閣宮殿」の可能性があります。
楼閣宮殿説の理由をまとめてみますと
@.大きさ、規模が大きく第一次大極殿の跡につくられた西宮の第2期正殿の3分の2程度の規模である。
A.厨・雑舎など火の元が近いため倉庫と考えるべきでない。
B.東院中枢部に西接する。
C.前殿らしい6間×2間の建物がある。
D.東大寺正倉院にあるような宝物が発見されていない。



前置きはここまでにして以下に当日の様子を書きます。
校倉か?
 総柱の建物構造は、現存する校倉造りの建物にも見ることが出来ます。
今回発掘された掘立柱建物4や5(下図参照)はこれまで各地で見つかっている古代の倉庫とみられる建物をしのぐ規模ですが東院地区の倉庫跡であった可能性もあります。
 西側の調査(第128次)では、厨とみられる建物群や井戸が見つかっています。いっぽう、東側の一段高くなった広い場所は、東院の中枢部になると想定されています。
 こういった構造や立地条件を考えると、東院の「正倉院」とも推測できるものです。
校倉説の理由をまとめてみますと
@.正方形の平面形、総柱の構造は類例が多い。
A.厨・雑舎などの物資消費官署に隣接している。
B.東院中枢宮殿地区から、やや離れている。
C.建物西側の土坑から、「蔵人」「蔵人所」と書かれた墨書土器4点が出土している。
D.「主蔵監(しぞうげん)」という皇太子の宝物、衣服を管理する役所がある。
E.唐長安城東宮には国庫の倉庫である「左蔵庫」がある。

天気はご覧のように晴れ、気温はそんなに暖かくなく
12〜3℃ぐらいだったでしょうか。
多くの考古学ファンがつめかけていました。

     当日の講師は 文部科学技官 神野 恵さんでした。
     良く声が通って、分かりやすい説明で、
     質問にもよく答えていただきました。

 大規模な掘立柱建物が、少なくとも4回建て替えられています。
青色の柱跡の建物があって、それが黄色の建物に建て替わり、ピンク、緑と替わりました。

この図を見れば分かる通り、注目すべきは総柱構造の建物ということでしょう。
総柱とは、柱筋の交点すべてに柱があるような建物を指します。

 このような建物は床を高くするための構造と考えられ、楼閣や校倉に類例があります。

 ここでは、総柱の掘立柱建物が、建て替えのたびに規模が大きくなり、最終的には6間×6間という巨大な総柱建物になりました。



発掘現場の南側から北向きに撮影




同左  両写真とも手前の緑の線が掘立柱建物4の南端になります。

南西隅から北向きに撮影
東から西に傾斜地になっている事が分かります。
掘立柱建物3の西端は大きく傾斜した位置まで建物が建っていた。

柱穴の深さは1m弱でしょうか。深く断面が見えていました。



以下は出土品の写真です。 今回の出土品は少なかったです。
少しだけですがご覧ください。


鰭付朝顔形円筒埴輪
5世紀中頃



                鰭付朝顔形円筒埴輪
             

墨書土器
蔵人所
左右のこれらの墨書土器が総柱建物の校倉説の
根拠の一つになっている。

                墨書土器
                  蔵人

瓦は出土していますが、数は多くありません。


 今回の調査で見つかった巨大な掘立柱建物が、宮殿の建物であったのか、あるいは高床の倉庫であったのかまだ確定はできません。
東側の東院中枢部分と想定されている場所については、まだ一度も発掘調査が行われていません。この点も含めて今後の成果が楽しみです。



ただ、個人的に私的見解を述べてみるならば、
1999年の第292次の調査の時の柱跡と併せて考えるならば前殿らしきものがあることや、18m四方という大きさ、遺物の少なさから楼閣宮殿ではなかっただろうかと考えるのですが。
いずれにしても東院中枢部分と想定されている場所の発掘が済んでから詳細な検討が必要でしょうね。





              16年度井手寺跡発掘         宇治市街遺跡(里尻36)       


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